凪良ゆう「汝、星のごとく」感想

「汝、星のごとく」読みました。

2023年本屋大賞作品ということで各所でタイトルを目にしていたものの、基本読書はベッドかソファに寝転びスタイルのため単行本はなぁ…と避けていましたが、話題の本だし読んでみるか…となんとなく購入。結果的に、この本に出会えたことに感謝しかないです。

作品のテーマとして、愛とは、恋とは、正しい人間とは、という普遍の問いに加え、家族のかたちや昨今の社会問題 (LGBTQやヤングケアラーなど) を取り入れた、恋愛小説というよりはヒューマンドキュメンタリー的な感じなのですが、美しい情景描写と胸に刺さる感情表現により坂を転げ落ちるように物語の中にのめり込みました。寝転ぶ暇なく半日で読み切った。

どこのレビューサイトでも書かれていると思うけど、プロローグとエピローグの対比は推理小説を読んでいるかのような爽快感もあります。最初に読んだときは、島での暮らしに嫌気がさした女性の物語かな?と思ったけど全然違った。個人的に瀬戸内海の島に縁があるので、もちろん田舎特有の嫌な部分もあるのだけど海と空の美しさをこれでもかというくらい文字で表現されていて感動しました。

この作品は四つの章タイトルで構成されています。潮騒、波蝕、海淵、夕凪、と、これはそのまま、ストーリーの起承転結を、海のことばを使って表しているのだと思いますが、波蝕、海淵の部分は読んでいて辛かった。一方で夕凪は何度でも読み返したい。何度でも泣ける。

章タイトルで海にまつわる単語が使われている通り、登場人物の心情も海になぞらえて描写されています。パッと抜粋しただけでも…

「親という存在への絶対的な信頼感。安心感。それが波打ち際に書いた字のようにあっけなくさらわれていく。わたしは怯えることしかできない。」

「集落の坂を下って、西日が眩しい海岸線をバス停へと歩いていく。波打つたびに波頭が野蛮なほど照り映えて目に痛い。うつむくわたしの足下から長い影が伸びている。」

「わたしが小さな機械になっている間に、太陽はもう水平線近くまで落下していた。海が静かに姿を変えてゆく。猛々しいほどに煌めいていた海面は暗く沈み、まったりとしたうねりを見せはじめ、その下にとんでもない深さがあることをわたしたちに気づかせる。」

「櫂の肩越し、濃紺の夜空とそれよりも深い漆黒の海が広がっている。今夜も凪で、波音すらしない。目を開けていても閉じていても、耳を澄ましても塞いでいても、何も見えないし聞こえない。以前は当たり前だと思っていた島の夜がなぜか恐ろしい。わたしは、これから、どう生きるのだろう。」

「悲しいとか寂しいとか不安だとかマイナスの感情の嵐に揺さぶられる日もあれば、すべてが停滞した凪の中で身動きできなくなる日もある。わたしの中に制御できない海がある。一時も平穏を保てず、なのに表面上は何も変えられない。」

「俺の考えごとは蛇行し、いつも最後は同じ場所へと流れ込む。広がりはもうなく、流れ込んだ心ごと沼のように沈殿していくだけだ。」

「ぽつぽつと話をしている間にも、太陽の朱色を押しやって澄んだ青が増してゆく。水平線を縁取るいくつもの島影も、空も、海も、深い群青に沈んでいく。」

中でもわたしが一番好きなのは、物語の序盤と終盤で対比になっている、暁海と櫂の以下の会話です。

「海がこんな静かやって、この島きて初めて知ったわ」「瀬戸内は穏やかなんだよ」「波の音もせん」「夕方は特に凪ぐから」

俺の知っている暁海なのに、目の前にいるのは俺の知らない暁海で、でもやはりこの暁海をどこかで見たような気がする。静かで、穏やかで、明るく、底には力強いものがうねっていることが伝わってくる、抗いようもなく、身を委ねるこの感じを。

「思い出した。おまえ、瀬戸内の海みたいやわ」

主人公の暁海、「暁の海」は、夜明けの海のこと。

なにも見えないし聞こえない、漆黒の夜の海に光が差し、群青色へと変化する明け方の海。

暁海にとっての櫂が手の届かない夕星ならば、夜の海でゆく先分からず漂っていた櫂にとって、暁海は明け方海のうえに輝く暁星のような存在だったのかもしれないなと思いました。

「俺がなんとかしたらんでもええって、楽ちんやなあ」

「かわいいなあ」「男が言う『かわいい』って、馬鹿って意味だからいや」「そんなつもりやないよ」

余命宣告を受けた後の二人の会話が切なすぎて、そこから今治で花火を見るところまで、涙がボロボロ出て止まりませんでした。遠回りした二人に残された時間が少ないということがあまりにも悲しい。

時間軸が前後するのですが、櫂が担ぎ込まれた病院での尚人との会話、

「人間の幸不幸には定量があって、誰でも死ぬときは帳尻が合うってほんまやろか」「嘘だよ。不幸なやつにも一抹の希望を与えるための方便だ」

とありました。

そうであったとしても、この二人には最後に帳尻あったなぁと思っていてほしい。そう願わずにいられないし、願うだけの希望を微かに持たせてくれた二人の最期でした。

語りすぎた……

最後に、

「誰とでも、なにとでも、結婚できればいいのにとも思う。男同士でも、女同士でも、ペットでも、物語の登場人物でも、理由が恋や愛以外でも、本人たちがいいなら三人でも四人でも結婚できればいい。結婚しなくても結婚と同じ保障があればいい。籍を入れなくても手術の同意書を書かせてほしい。危篤のときには病室に入れてほしい。遺産を譲りたい人だけにスムーズに譲らせてほしい。名字の変更はしたい人だけがして、しなくてもいい人はそのままでいさせてほしい。他にもある数限りない不便や理不尽がなくなってほしい。」

北原先生との結婚について考える暁海のセリフ。難しい言葉を使って社会問題を説くより、こういう身近でありふれた言葉のほうが胸に刺さるなぁと思います。正しい・正しくないではなく、自分の選択が自分を幸せにするのだという強い心で生きていきたい。

「汝、星のごとく」

最後のタイトル回収まで美しかった。

今年の夏、瀬戸内海のとある島で、砂浜に寝転んでペルセウス座流星群を眺めた記憶とともにページを捲り、最後数ページは読み終わるのが嫌すぎてどうにかして記憶を消して読み直したいとさえ思いました。

単行本は(物理的にも内容的にも)重いかな…とか思っていた過去の自分を引っ叩きたい。これから誰かに本を紹介するとき、このタイトルが真っ先に出てくることと思います。

写真は瀬戸内の、夕暮れどきの空と海。

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