小町という名のメスの白猫を飼っています。飼っていると言っても一緒に住んでいたのは高校を卒業するまでで、実家を出たのを機に今は私の母が面倒を見ています。
中学の同級生の家の庭で子猫が生まれ、飼い主を探しているということで貰い受け一緒に暮らし始めました。もうすぐ十五歳になるおばあちゃん猫です。若い頃は頭頂部にハート型の海苔みたいな模様がありましたが、年をとった今ではそれも真っ白になってしまい今では完全な白猫。
先週、母から突然連絡がありました。
「こまちが頻呼吸になっていて苦しそう。急だけど今日病院で診てもらえないかな?」
病院に行けたのはその日の夜でした。
かかりつけの獣医さんに見てもらったところ、心筋症が原因で胸水が溜まっているとのこと。それで呼吸が早くなっていたようです。
その日は利尿剤を注射してもらって、夜間緊急病院の連絡先をもらって母が家に連れて帰りました。
幸いその日の夜は何事も起こらず、胸水を抜く処置をするため翌日小町を連れて再度病院へ行きました。今度は私も一緒に。朝イチで預けて、夕方に迎えに行くという、一日入院です。酸素室を手配したりなんだりしていたら時間が経つのはあっという間で、夕方迎えに行くと小町の様子はだいぶ落ち着いていて、飲み薬を処方してもらい数日間家で様子を見ることに。三日後の検査で胸水の抜け具合を診ることになりました。
一日入院の後、家に帰ってからも大変で。
まず、準備した酸素室には入らない。母と二人、あの手この手で猫が入りたそうな部屋作りに苦心するものの、我関せずといった感じの小町は人間のベッドに横たわって必死な我ら人間を薄目で眺めるといった具合です。
小町は老猫の80%は罹患していると言われる慢性腎不全も患っています。獣医さんからもらった薬は五種類あり、それを朝と晩の計2回飲ませなければなりません。これも毎回必死の思いです。ちょっと元気になってくれたのはいいけど、噛むわ引っ掻くわ蹴るわ叫ぶわ、向こうも必死になって抵抗してきます。人間の手も腕も傷だらけ。
医療従事者の母は今まで何十人、何百人の患者さんを看取ってきたけど、小町が危ないかも、というときになってどうしていいかわからなかったと言います。
私も、この数日間で猫の心筋症について何度も調べました。『猫 胸水 寿命』で調べては絶望し、『猫 心筋症 完治 長生き』と検索しては希望に縋るような毎日です。ペットロスに苦しむ人たちのブログを読み漁っては他人事とは思えず何度涙を流したかしれません。
心筋症を患った猫の最期はひどく苦しいものらしく、絶叫するような鳴き声をあげて息を引き取るようなこともあると聞きます。私は、その瞬間を母に一人で向き合わせてしまうことになったら、と考えると怖い。小町がいなくなった後の人生を想像して辛い。薬が効いていて元気な今、残された時間いっぱいを小町と向き合って今を生きないといけないのに、そんな悲観的なことばかり考えてしまいます。
そんな愚かなことを考える人間の気持ちなど知ったこっちゃないと言わんばかりに、小町はずっとマイペース。
朝の四時に起きてご飯をねだり、お気に入りのフードじゃなかったらそっぽを向く。
呼吸が早く、苦しそうだから酸素室に入って欲しいのに、私たちの寝ているそばに寄ってきて手のひらに顔を埋めて寝る。
机に上がり、本を読む母の邪魔をする。
私が寝ているとのそのそ寄ってきて、小さくてあたたかい体を預けてくれて、小町はそんな些細なことで私を幸せにしてくれるのに、私は小町にとって嫌なことしかしていない。
嫌がる小町を押さえつけて何種類もの薬を飲ませ、療養食の美味しくないフードをあげる。かわいそうだと思いながら、もっと長生きしてほしいから。
冬の夜、澄み切った空気のなか浮かぶ黄色の月は小町の瞳の色に似ている。
どうか、どうか、小町が私の手のひらを枕に寝るだけの些細な幸福が、少しでも長く続きますように。